テネシー・ウィリアムズといえば『欲望という名の電車』・・・、というかそれしか知らなかった。
『欲望という名の電車』は、どうしようもなく救いのない話であるにもかかわらず妙なカタルシスのある不思議な作品だが、『ガラスの動物園』はそれとはかなり印象が違った。
Contents
観劇メモ
会場や観劇をした日など。
演目名
ガラスの動物園
会場
新国立劇場 中劇場

光と影が美しい劇場エントランス (2022.10.2の12:50ごろ撮影)
観劇日
2022/10/02(Sun)マチネ
テネシー・ウィリアムズの戯曲にバルバラの楽曲
テネシー・ウィリアムズの戯曲であるからして、舞台はアメリカ。
その戯曲をフランスのカンパニーが上演する、もちろん言語はフランス語、舞台上部に日本語と英語の字幕付きだ。
舞台は不況時代のセントルイスだというけれど、私にとっては、不況時代?セントルイスってどこ?状態である。
どことなく漂う「閉塞感」とともに、ゆっくりストーリーは進行していく。
そして、ところどころで音楽がかかる。
特に、登場人物の感情が大きく動くシーンで、バルバラ(フランスのシャンソン歌手)の「黒い鷲(L'Aigle noir)」がかかるのが印象的だった。
アメリカを舞台にした戯曲に、シャンソン・・・・
それが不思議なことに、うまく融合されている。
奇しくも戯曲は『ガラスの動物園』。
ジュスティーヌ・バシュレ演じる内気な若い女・ローラがコレクションをしているガラス製の動物オブジェ一式を、イザベル・ユペール演じる母・アマンダがそう呼んでいる。
戯曲の中では、角のついた馬(ユニコーン)のオブジェについてしか触れられていなかったが、バルバラの曲がかかるたびに、あのガラス細工の中に「鷲」のオブジェもあるに違いない、と思われた。
愚かな人間がかわいらしく思える不思議
スクリーンの中でしか見たことのなかったイザベル・ユペールをなまで見たくて、今回この作品を見た。
イザベル・ユペール演じるアマンダのおかれた立場はそれなりにシビアで(夫に蒸発されてるし)、かつはたから見ると「え?そこに必死になるの?」ということに血眼(ちまなこ)になっており、哀れこの上ないのだが、不思議なことにあまり悲壮感は感じられない。
むしろ、どこか不幸を楽しんでいるかのように、私には、見えた。
ラストシーンで、アマンダが声を上げて泣き崩れるシーンを見てもなお、そこには悲壮感は感じられなかった。
人間とは、かくも愚かで気高い、そう思わされる演技だった。
その他
登場人物が煙草を吸うシーンが出てきた。
私はほとんど気に留めていなかったが、劇場のロビーにはこんな張り紙が・・・
この戯曲の初演時である1940年代にはなんの問題もない喫煙も、2022年の現代ではそれなりに問題があるので、あくまでも当時の習慣を再現するために喫煙シーンを残したよ、というエクスキューズが必要なのだろうか?
それならば、私はミュージカル『ガイズ&ドールズ』におけるミンクのシーンのほうが気になったけれどな。。。
-
-
運営者情報
姉本トモコ(@tomoko1572) 東京都出身の舞台芸術愛好家。 高校時代(1980年代!)から、セーラ服のまま劇場に出入りする青春時代を送る。 好きな場所は日比谷界隈、一番好きな劇場は帝国劇場。 ...
続きを見る
作品情報
キャストなど
キャスト
イザベル・ユペール
ジュスティーヌ・バシュレ
シリル・ゲイユ
アントワーヌ・レナール
演出・音楽・振付等
作:テネシー・ウィリアムズ
演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ
制作:国立オデオン劇場
フランス語翻訳:イザベル・ファンション
ドラマトゥルグ:クーン・タチュレット
美術・照明:ヤン・ヴェーゼイヴェルト
衣裳:アン・ダーヒース
音響・音楽:ジョルジュ・ドー
演出助手:マチュー・ダンドロ