2025年上演

【2025年】誰も知らない真実とは?『エリザベート』

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私のミュージカル観劇歴のなかで、観劇回数が多い作品の一つが『エリザベート』。

好きな作品過ぎて、かえってあまり語れなくなっている、というのが正直なところ。

なお、今回はダブル、トリプルキャストの観劇状況は以下の通り。

エリザベート(ダブルキャスト):望海風斗(2回)/明日海りお(3回) コンプリート
トート(トリプルキャスト):古川雄大(2回)/井上芳雄(3回) コンプリート
フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト):田代万里生(2回)/佐藤隆紀(3回) コンプリート
ルドルフ(ダブルキャスト):伊藤あさひ(3回)/中桐聖弥(2回) コンプリート
ゾフィー(ダブルキャスト):涼風真世(3回)/香寿たつき(2回) コンプリート
ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト):黒羽麻璃央(5回)で観劇(なんと尾上松也は見逃し!)

少年ルドルフ(トリプルキャスト):谷 慶人(3回)/古正悠希也(2回)(加藤叶和見逃し!)

観劇メモ

会場や観劇をした日など。

演目名

『エリザベート』

会場

東急シアターオーブ

観劇日

2025/10/13(Mon)マチネ
2025/10/16(Thr)マチネ
2025/11/1(Sat)マチネ
2025/11/16(Sun)マチネ
2025/11/21(Fri)ソワレ

2025年公演をどう観たか

前回が2022-2023年だったが、それと2025年の違いは、まずはタイトルロールのエリザベートの配役だろう。

前回は花總まりと愛希れいかという「元宝塚娘役」であったが、今回は、望海風斗と明日海りおという「元宝塚男役」が配役されたことにより、ゾフィー皇太后のエリザベート教育のシーンが、より強烈なバトルになっているなど、かなり違う点が見受けられた。

従来は「抑圧する側」と「押し潰されそうになる側」という構図が前面に出ていたのに対し、2025年版では、そこに明確な力と意志のぶつかり合いが生まれている。

教育という名を借りた一方的な支配ではなく、価値観と主導権を巡る、ほとんど戦闘に近い緊張感があった。

それはエリザベートが「守られる存在」から、「抗う主体」へとより早い段階で移行しているようにも見えたし、物語全体の重心が、恋愛や悲劇性よりも、権力構造と個の自立へと少しシフトしているようにも感じられた。

2025年公演は、登場人物それぞれの立ち位置や選択を、よりクリアに突きつけてくる上演だったように思う。

ルドルフについては、いかにも神経質で、内側から崩れていきそうな伊藤あさひと、生真面目で「皇太子であろうとする姿勢」が前面に出た中桐ルドルフとの対比が興味深い。

ルドルフは「病んでいる」印象なので、そういう意味では、伊藤あさひのほうが私のイメージするルドルフに近かったかもしれない。

フランツは、前回と同じ田代万里生と佐藤隆紀だが、これまでの印象では、「感情を抑え込もうとするがゆえに、かえって感情が噴き出してしまう」田代万里生のフランツに比べると、佐藤隆紀のフランツからは、そうした内面の葛藤がやや見えにくいように感じていた。

皇帝としての品位や誠実さは十分に伝わってくるものの、苦悩が表層化する瞬間が少ない、という印象だったのだ。

だが今回は、その見え方が大きく変わった。

佐藤隆紀のフランツは、感情を爆発させない代わりに、「失われていくもの」を静かに抱え込んでいるように見えた。

葛藤がないのではなく、葛藤を外に出すという選択肢を最初から持たない人物としてクリアに見えた気がした。

その在り方が、エリザベートとの距離や、息子ルドルフへの不器用な接し方に、現れている。

一方、田代万里生のフランツは、「抑えきれない感情」と「皇帝としての責務」とのせめぎ合いが、以前よりも自然に、そして重層的に表現されていた。

長年積み重ねてきた選択の結果としての疲労と後悔がにじみ出ており、フランツという人物の孤独がより深く胸に残る。

同じ配役でありながら、見え方がこれほど変わるのは、作品そのものの読み替えと、役者側の成熟が同時に進んだ結果なのだろう。

2025年公演の『エリザベート』は、誰かの感情に寄り添って泣かせるというよりも、登場人物それぞれが引き受けた人生の重さを、観客に静かに突きつけてくる舞台だった。

心に刺さった瞬間たち

一番好きなナンバーを言え!と言われたら、やはり「最後のダンス」だ。

井上芳雄のトートは、とにかく声が近い。距離が縮まったように感じられる発声だ。

動きは大きくないのに、視線や間の取り方が細かく、気づくと意識を持っていかれている。

派手さよりも密度で押してくるパフォーマンスだった。

一方、古川雄太のトートは、まず立ち姿が強い。

舞台上に「いる」だけで空気が変わるタイプで、動きも声も一直線に客席へ届く。音の立ち上がりが鋭く、フレーズの終わりまでブレないため、「最後のダンス」が一曲のショーとして非常に完成度高く感じられた。近さよりも、圧とスケールで包み込まれる印象だ。

同じ楽曲でも、井上トートでは呼吸を共有している感覚が残り、古川トートでは一気に舞台ごと引き上げられるような高揚感が残る。

どちらが優れているという話ではなく、身体に残る感触がまったく違うように感じられる。

また、今回初めてゾフィーが死に際で歌う「私の子ども、皇帝陛下」が刺さった。

声を張り上げるわけでも、感情を誇張するわけでもないのに、一音一音が沈んでくる。

フランツを呼ぶその声は、皇太后としての威厳というより、老いた母親の呼び声として客席に届いていた。

舞台上では確かに「権力者の最期」が描かれているはずなのに、耳に残ったのは、どうしようもなく個人的な感情だった。

照明が落ち、舞台の動きが最小限になることで、歌声だけが浮かび上がる。

その静けさが、かえって残酷で、ゾフィーという人物が背負ってきた時間の長さを、観客に否応なく感じさせる。

観ているこちらが、身動きできなくなるような瞬間だった。

トートダンサーの中では、澤村亮のしなやかな動きに目を奪われた。

トートダンサーの中では小柄かつ華奢な彼は、力を誇示するような大きさではなく、関節の一つ一つがほどけていくような動きをする。

だから、気づくと視線が吸い寄せられている。

群舞の中にいても輪郭が埋もれず、音楽の流れに逆らわず、しかし確実に存在を刻んでくるタイプの踊りだった。

ゾフィーが力尽きるときに落とす杖を、さりげなくキャッチするのも澤村亮だった。

キャストボード

2025/10/13(Mon)マチネ

2025/10/16(Thr)マチネ

2025/11/1(Sat)マチネ

2025/11/16(Sun)マチネ

2025/11/21(Fri)ソワレ

写真など

美しいドレス

劇場から眺める渋谷の街

記念の香水①

記念の香水②

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姉本トモコ(@tomoko1572) 東京都出身の舞台芸術愛好家。 高校時代(1980年代!)から、セーラ服のまま劇場に出入りする青春時代を送る。 好きな場所は日比谷界隈、一番好きな劇場は帝国劇場。 ...

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作品情報

キャストなど

キャスト

エリザベート(ダブルキャスト):望海風斗/明日海りお
トート(トリプルキャスト):古川雄大/井上芳雄(東京公演のみ)/山崎育三郎(北海道・大阪・福岡公演のみ)
フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト):田代万里生/佐藤隆紀
ルドルフ(ダブルキャスト):伊藤あさひ/中桐聖弥
ルドヴィカ/マダム・ヴォルフ:未来優希
ゾフィー(ダブルキャスト):涼風真世/香寿たつき
ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト):尾上松也/黒羽麻璃央

マックス:田村雄一
ツェップス:松井 工
エルマー:佐々木 崇
ジュラ:加藤 将
シュテファン:佐々木佑紀
リヒテンシュタイン:福田えり
ヴィンディッシュ:彩花まり

アンサンブル:
朝隈濯朗/安部誠司/荒木啓佑/奥山 寛/後藤晋彦/鈴木大菜/田中秀哉
西尾郁海/福永悠二/港 幸樹/村井成仁/横沢健司/渡辺崇人
天野朋子/彩橋みゆ/池谷祐子/石原絵理/希良々うみ/澄風なぎ
真記子/美麗/安岡千夏/ゆめ真音

トートダンサー:
五十嵐耕司/岡崎大樹/澤村 亮/鈴木凌平
德市暉尚/中村 拳/松平和希/渡辺謙典

Swing:
三岳慎之助/傳法谷みずき

少年ルドルフ(トリプルキャスト):加藤叶和/谷 慶人/古正悠希也

演出・音楽・振付等

脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽/編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団)
音楽監督:甲斐正人
歌唱指導:山口正義/やまぐちあきこ
振付:小尻健太/桜木涼介
美術:二村周作
照明:笠原俊幸
衣裳:生澤美子
音響:渡邉邦男
映像:石田 肇
ヘアメイク:富岡克之(スタジオAD)
演出助手:小川美也子/末永陽一
舞台監督:廣田 進
オーケストラ:東宝ミュージックダット・ミュージック
指揮:上垣 聡(東京公演)宇賀神典子(北海道・大阪・福岡公演)
稽古ピアノ:中條純子/宇賀村直佳/石川花蓮
翻訳協力:迫 光
プロダクション・コーディネーター:小熊節子
制作:廣木由美
制作助手:権藤 凜
プロデューサー:服部優希/江尻礼次朗
スーパーヴァイザー:岡本義次
オリジナル・プロダクション:ウィーン劇場協会
製作:東宝株式会社
制作協力:宝塚歌劇団
後援:オーストリア大使館オーストリア文化フォーラム東京
協賛:Livepocket(KDDIグループ)

最終更新日 2025年11月30日

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