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仕事の人間関係とプライベートの人間関係は分ける

人の悩みのほとんどは人間関係だと言われています。

私は、割とひとりぼっちも好きなので、「孤独にふるえる」ということはあまりありません。むしろ、本当はつながりたくなかったんだけれど!という関係に悩むことの方が多いです。

もちろん、人との「良質なつながり」は欲しいです。なぜって人生を豊かにしますから!

でも、つながりたいけれど、そのつながる相手は選びたいです。

特に、仕事関係者とプライベートの人間関係は混ぜないほうが人生がスッキリします。

もちろん、仕事関係者とプライベートで付き合いのある人間、どちらが上でどちらが下、ということはありません。

どちらも大切な人たちです。

しかし、あまり混ぜないほうがいい、少なくとも私は混ぜたくない派です。

これはきっと誰でも持っているニーズなのではないでしょうか?

仕事とプライベートの人間関係を分けるべき理由

仕事・家庭・サードプレイス

人は多面的な生き物です。

ですから、より豊かに生きようと思ったらバランスが必要です。

そのバランスというのが、仕事と家庭、そしてそれ以外のサードプレイスなのです。

同じ一人の人物が、それぞれのコミュニティで別の人生を生きる、それが理想です。そのためには、それぞれのコミュニティの登場人物は分けられている必要があります。

仕事関係者は友達にはなれない

もし、あなたが社会人になりたての新人だったり、なんの権限も持たない指示される側の人間であれば、同様の立場にいる仕事関係者と友達になることも不可能ではないかもしれません。

しかし、自分が人事権を持った評価者である場合、部下と友達になればやりにくいですし、発注者である場合は受注者とあまりにも近づきすぎてしまうと、癒着みたいなことになりかねず、不正のきっかけにもなりえます。

また、今は何の権限も持っていない立場であっても、今後、その立場から脱却して上を目指すのであれば、仕事関係者と友達のように付き合ってしまっていては、上に行きにくくなってしまいます。

これは会社員であれ、フリーランスであれ、同じことです。

仕事関係者が入り込んだコミュニティは職場と同じ

せっかくリラックスして楽しもうと思っているところに、仕事関係者が入ってしまえば、もうそこは職場と同じです。

仕事や家庭とは別のサードプレイスを作り、人生を豊かにしようとしているところに、仕事関係者にひょっこり入り込まれてしまったら、もうそこはサードプレイスなんかではありません。

仕事上の人脈づくりをするための「職場」になってしまうのです。

天然でスキだらけの私の人間関係失敗談

私は、良くも悪くも人を疑わないところがあるらしく、うっかりスキを作ってしまうことが良くあります。

プライベートをしゃべり過ぎたらこうなった

たまたま、自分がプライベートで取り組んでいることを仕事関係者の前でサラっと話してしまったことがありました。さらに、活動している場所についても町名まで話してしまったので、私がどこのコミュニティに属しているかが、簡単に割れてしまったのです。

私が取り組んでいるそのことが、ある人にとっては興味深かったようで、なんとその人は、私がプライベートで活動しているコミュニティを割り出して、そこに入ってきてしまいました。

そのコミュニティ自体はオープンなものなので、いちメンバーである私が、その人の入会についてとやかく言える立場ではありません。

しかし、私は、その活動をプライベートでやっているので、仕事関係者がはいってくることは嫌でした。

最初の段階で、「仕事とプライベートが一緒になるのは困るから遠慮してください」と言えればよかったのですが、その時は、そこまで頭が回らなかったんですね。

困ったな、と思いつつ、どうすることもできませんでした。

プライベートの時間に仕事の話を持ち込まれる

思った通りというかなんというか、仕事関係者がプライベートのコミュニティに入ってくることで、プライベートに仕事の話が持ち込まれました。

具体的には、私が仕事とは線を引いて「別の世界」を楽しもうとしている時に、「ちょっとこの件なのですが」と仕事の話をされるようになってしまったのです。

相手に悪気が無いことはわかりました。

ただ、ただ、仕事熱心な人なのです。そして、仕事を完遂させるためには、キーパーソンと「公私ともに親しくする必要がある」という考えのもと、私に近づいてきただけなのです。

しかし残念ながら、私が「仕事とプライベートは分けたい派」であるということは、思いもよらなかったようです。

私の志向を確認せずに、私のプライベートに入ってきたその人は、私にとってはある意味「敵」ともいえる存在でした。

なぜならば、私は、「仕事とプライベートは分けたい」というハッキリした志向を持っていたのですから。

しかし、そういうところが、私の気の弱いところなのだと思いますが、「ちょっとプライベートは遠慮してもらえない?」という、そのヒトコトが言えなかったのです。

そうなると、残る道は、嫌だけれど「受容」するしかないのです。

ですから、私は、そばに寄ってきた相手を「楽しもう」としたのです。つまり仲良くなろうとしたのです。

まあ、それはしょせん無理な努力ではありました。

相手はWinで私がLoseな関係

「プライベートに入ってこないで!」とキッパリ断れないなら、相手を受け入れるしかない、そう思って相手を受容しようとしたのですが、そもそもそれは無理なことでした。

それもそのはず、相手は、「私」そのものや、私がプライベートで取り組んでいる活動に関心があったわけではないから、何を話しても噛み合わないのです。

例えば、これは架空の例ですが、共通の活動が「クラシックバレエ鑑賞会」だったとします。

私が熱心に有名ダンサーのパフォーマンスについて話していても、相手は「え?ザハーロワ(世界的有名ダンサー)って誰?」と返してくる、という感じです。

これぐらい話が噛み合わなかったのです。

つまり相手は、私の取り組んでいることに関心がある、というのは単なる口実で、私とプライベートでのつながりを持つことが目的だったのです、もちろん、仕事をうまくやるために、です。

こういう戦略をとるビジネスパーソンは多いのかもしれません。そしてそういう戦略自体は間違っているとも思いません。しかし、私はそうされたら嫌だったのです。

これでは、相手は「彼女とプライベートでも繋がれたから仕事上有利」と思っていても、私として見たら「せっかく築き上げてきた、仕事と家庭以外のサードプレイスをぶち壊された」ということでマイナスなのです。

天然な私は、まさか自分がこうしたつながり方をされるとは思ってもみなかったのです。貴重なプライベートの時間が徐々に「ストレスフルな時間」になってしまいました。

私が活動場所・コミュニティを変えて解決

結局、疲れ果てた私は、この問題を、自分の活動場所・コミュニティを変更することで解決しました。

最後の最後まで、相手に「プライベートに入って来るのはご遠慮いただける?」と言えませんでした。

私がそう言えなかった一番の理由は、そのコミュニティ自体が、私の作ったものではなく、公に開かれたものだった、ということです。

しかし、仕事から離れたプライベートの場にまで、仕事関係者がいる、そう考えただけで、「報酬をもらっているわけでもないのに、なんでこんなに窮屈な思いをしなければならないのか?」と超絶納得いかない思いになり、最終的には、自分がそのコミュニティを離れ、別のコミュニティのメンバーになることで解決したのです。

もちろん、行先は、今度こそ「ナイショ」です。

その仕事関係者の名誉のために付け加えますが、その人は、私にとって大切な仕事関係者の一人でした。ただ、仕事では関わりたいけれどプライベートでは関わりたくなかった、というだけです。

また、私にとって「仕事関係者」と「プライベートの仲間」はどちらに優劣が付くわけではなく、等しく大切なものです。(※家族だけは別格)

つながりは「選べる」状態にしておくべき

聖人も「友は選べ」と言います。

人生は有限ですから、「心地よくない」ことに時間を割かれている場合ではないのです。

自分のことを話しすぎない

一番有効なのは、自分のことを話しすぎないことです。

そもそも私はおしゃべり好きなので、この点は、何度も失敗しています。

しかし、良質なつながりだけを厳選するには、このおしゃべりを戒める必要も少なからず感じています。

一見同じ嗜好を持った相手にも異次元の人はいる

例えば、先ほどクラシックバレエ鑑賞を例にとりましたが、同じ共通点があっても、うっかり心を開いて、あれこれ自分のことを話さないほうが良いと思います。

・・・というのも、例えば先に例を出した「クラシックバレエ愛好家」ですが、同じクラシックバレエ愛好家といっても、それこそシーズンになるとモスクワやサンクトペテルブルクまで遠征してまで鑑賞する愛好家と、年に一回劇場に足を運ぶ機会があった人、では、おそらく全然話はかみ合わないはずです。

たった一つのキーワードで、「同志を見つけた!」と嬉しくなって、あれこれベラベラと話してしまうと、異次元の相手、つまり本当はつながらないほうがいい人に、自分のプライバシーを明け渡すことになりかねません。

本当に、こういうことには気をつけなければいけないなと、反省しています。

逆に言うと、嗜好等に共通点は無いけれど、「次元的に合う人」、というのも存在しています。そういう人と出会いたいですね。

よく、それぞれの分野で一流の人同士は話が合う、とか言いますよね。同じレベル同志だと居心地がいい、ということだと思います。

みんな仲良く!の呪縛

私が、招かれざる客を拒絶できなかったもうひとつの理由が、小さい時から教わっていた「みんな仲良く!」という呪縛があるような気がしてなりません。

しかし、それは思い込みです。

誰とどのように付き合うかは選ぶ権利がありますし、望まない関係性があればそれはキッパリ断ったほうが、お互いの為なんですね。

まとめ・つながりは選ぼう!

現代は「コミュニティの時代」と言われているような気がします。

そして、そういう時代であるならば、どういう人とつながるか?は非常に大事な問題になるのかと思います。誰でも彼でもうけいれていては自分がパンクしてしまいます。

特に、仕事関係者は利害関係で繋がっているため(それは悪いことではない)、プライベートの人間関係と混ぜてしまうと、いろんな不都合が生じる可能性の方が高いです。

自分なりの基準をもって付き合う相手を選ぶ、それしかありません。

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